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ふるさとを歩く

昭和天皇の御散歩道

甲信越御巡幸で市内新道飯塚邸に宿泊されていた昭和天皇は、昭和22年(1947)10月11日午前中、裏門からご散歩にお出かけになられました。

有志によりこの時の道順に記念の石碑が18カ所に建てられており、高田コミュニティ振興協議会が当時の写真を入れてリーフレットを発行しています。

記念碑の碑文は読みにくくなっていますので、リーフレットにより紹介します。

地図
飯塚邸裏門 鵜川神社 4番記念碑たも木 新道小学校 風巻山入口紅花エンドウを採取 柿組合前御少憩所 礼宝山登り口 村娘に出会う 峯道へ出る 御下問之処 分かれ道御少憩所 カメラマン転倒 風巻山西南側老松 風巻山西南開墾地 バス停前 R353脇案内 礼宝山登り口案内 飯塚邸案内 飯塚邸

点線が昭和天皇がお歩きになった当時のだいたいの道順です。この地域の位置関係はここをクリックして「新道」の部分をクリックしてください。
礼宝山の山道は省略してあり、実際は幾重にもつづら折りになっています。
番号は記念碑の場所を示しています。
Internet Explorer之場合、番号と赤丸のところでマウスポインタが指差しに変わったときにクリックすると、その地点の写真にジャンプします。
(Google Chrome、Mozilla Firefoxの場合は機能しないようです。)
高田コミュニティ振興協議会で作られた案内標識板の地図を御承諾をいただき使わせていただきました。

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飯塚邸裏門

昭和天皇は前夜の雨で濡れた庭園を長靴で散策された後、この裏門で飯塚家自作の箒木を見つけられ、お好きな植物の話しをされました。

記念碑“1”“2”が建てられています。

1番記念碑碑文「御散歩御下問之処 飯塚家自作あかざ科箒木(ほうき)について申し上ぐ」

2番記念碑碑文「御散歩順路」

鵜川神社に向かう

裏門から出ると鵜川の土手になり、鵜川神社へ向かいます。

鵜川神社大ケヤキ前

鵜川神社の大ケヤキ(国指定天然記念物)をご覧になられました。

3番記念碑碑文「天皇陛下御立寄碑」
(高さ3m、幅80cm 飯塚家13代当主飯塚知信書)

4番記念碑

鵜川神社正面を出て国道353までの間に記念碑“4”があります。

周囲は芝生になっていますが、碑文によるとヒイラギ科のたも木があったようです。

4番記念碑碑文「御散歩御下問碑 ひいらぎ科たも木について申し上ぐ」

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新道小学校

国道353に出て新道小学校。

現在の校庭の中になる道を行かれ、記念碑“5”があるはずですが、見つかりませんでした。

5番記念碑碑文「御散歩順路」

案内標識

国道353号の傍らにある高田コミュニティ振興協議会の案内標識。

風巻山入口

校庭の西側の風巻山の入り口で、マメ科紅花エンドウを採取されました。

風巻山は現在柿が栽培されています。

6番記念碑碑文「御散歩の折 豆科紅花えんどう御採取給ふ」

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柿組合前

現在の新道柿組合(選果場)前で休息されました。

西方の松茸山(礼宝山)をご説明し、ご案内することが決まりました。

7番記念碑碑文「御散歩 御少憩所 松茸山御説明御案内に決定」

8番記念碑碑文「御散歩の折 道を誤り恐惶恐懼(きょうこうきょうく)」

登り口案内

御散歩道はここから西方の登り口に向かい、奥に見える道に出てきます。

正面遠くに黒姫山が見えます。

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登り口

礼宝山の登り口。

石碑が建てられた時期がわかりませんが、行幸後間もないころとすると、60年ほど経過していますので、立木が茂り碑文が見えないところがあります。

9番記念碑碑文「御散歩の折 谷地田水草に御興じ給ふ」

登山入口

矢印があるが、左側の道は山裾を回る道。

判りにくいですが、中央の左に傾斜している道が山へ入ります。

山道

山は杉林の中を通り、所々階段状になっていますが、多くはつづら折りの坂道。

日光が杉の木で遮られ、デジカメのストロボを自動にしておくと発光する時があります。

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ご散歩の折に蓑を着た茸採りの2人の村娘に出会い、手籠の中身(栗やキノコ)について尋ねられました。

10番記念碑碑文「御散歩の折 村娘と出会い手籠内の栗茸に付いてお言葉を給ふ」
峯道へ出る

登り切って礼宝山の峰道に出ます。標高70m余りと思われます。

11番記念碑碑文「御散歩御少憩所 松茸山御案内拝辞」

峯道御下問之処

峰道。木漏れ日は射しますが、立木に囲まれ眺望の利くところがありません。

12番記念碑碑文「御散歩御下問之処 松葉ニオに付いて申し上ぐ」

分かれ道

峰道は続きますが御散歩された道は別れ、山を下ります。

13番記念碑碑文「御散歩御少憩所」

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坂の中段

待構えていたカメラマンが足を滑らせ、カメラを投げ出して転んだ様子を見て、お笑いになった処。

14番記念碑碑文「御散歩道帰途 写真班転倒御笑い給ふ」

礼宝山を下り東方を望む

山を下ると視界が開き、稲刈りが終った田の向こうに色づいた風巻山の柿団地が見えました。

御散歩の時はまだこんなに整備されていませんでした。
昭和26年(1951)に八珍柿苗3,500本を13町歩に定植が完了、5年後昭和31年(1956)に結実し始めました。
昭和59年(1984)に選果場を新築し柿ワインなどの加工品も作られるようになりました。
平成13年(2001)から柿のオーナー制が始められています。

風巻山西南側老松

風巻山西南側で稲のはざ掛けと老松をご覧になられました。松は枯れていて傍らに2代目?が植えられていました。

15番記念碑碑文「御散歩御帰還 稲架穂御覧給ふ」

16番記念碑碑文「御散歩御帰途 老松御覧給ふ」

風巻山西南

風巻山西南側で、当時の開墾地と遠く寺の墓所をご覧になられた。

現在は道の向こうに色づいた柿の木が見えます。この道を横切って帰途につきます。

17番碑文「御散歩御帰還 墓所並開墾地御遠望」

バス停前

国道353号に出るとバス停。(柏崎行き)

国道を横切り飯塚邸駐車場(普段は閉鎖されている)脇を通り、飯塚邸に戻ります。

御散歩は1時間半にわたりました。

18番記念碑碑文「御散歩御帰途順路」

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案内標識

道は飯塚邸の石垣まで行きT字路になり(左は鵜川神社)右は飯塚邸正面に向かいます。

飯塚邸正面

飯塚邸正面。

「秋幸苑と行在所」が柏崎市指定の史跡になっています。

詳しくは「秋幸苑と行在所」をご覧ください。


(2009-10-14 UP) 作成 NET・陽だまり 小竹進  連絡はメールでお願いします。