『はちすの露』(その6)世間体を気にする二人(96/100)
二人の「人も羨む仲」を本人たちも気にせずにはおられませんでした。
その二人の心の中を正直に歌い交わしております。
恋学問防(恋は学問の妨げ)
いかにせんむまなびの路も恋くさの しげりていまはふみ見るもうし 貞心
いかにせんうし(牛)にあせ(汗)すとおもひしも 恋のおもにを今はつみけり 良寛
(「良寛をめぐる女たち」北川省一)
柏崎の駒谷正雄氏(柏崎良寛・貞心会副会長)は次のように紹介しています。(平成9年2月28日付:越後タイムス)
貞心尼が「恋草繁りて・・」と詠えば、良寛さんは「背負えば牛が汗するほど恋は重いもの」と返しています。
この贈答歌は「はちすの露」にも「藻しほ草」にもなく、貞心尼の遺墨が柏崎の中村家に秘蔵されています。
『はちすの露』(その7)からすとからす(97/100)
良寛さんはいつも薄汚い黒い衣を身にまとい、あちらこちらの村々をわたり歩いていました。
ある時、村の人はこれを見て、「あなたは色が黒く、衣も黒いから、これからはからすといいますよ」と冗談まじりに言いました。
すると、良寛さんは本当に自分によく似合っていると感心しながら、互いに笑い合ったといいます。
いづこへもたちてをゆかむあすよりは からすてふ名のひとのつくれば 良寛
このからすに貞心尼もいっしょについて行きたかったのでしょう。
こんなことを言っています。
やまがらすさとにいゆけば子がらすも いざなひてゆけはねよわくとも 貞心
その二人の姿をみている村人はどんな思いで見ているのだろうか、気遺う良寛さんでもありました。
いざなひてゆかばゆかめどひとの見て あやしめ見ればいかにしてまし 良寛
それに応(こた)えて貞心尼は
とびはとびすずめはすずめさぎはさぎ からすとからすなにかあやしき 貞心
良寛さんはどんなにか力づけられたことでしょう。
『はちすの露』(その8)ちぎりしこと(98/100)
良寛さんの貞心尼への思いは募るばかりでした。
貞心尼と会う約束を果たそうと、目の治療がてら出掛けたものの、足の疲れと腹も痛んでどうすることもできなくなりました。
そこで地蔵堂の中村家から貞心宛に手紙を書きました。
秋はぎの花のさかりもすぎにけり ちぎりしこともまだとげなくに 良寛
「会いたい」という心もさることながら、懸命に約束を果たそうとする良寛さんの暖かさには感心させられます。
その手紙の内容は
先日眼病のりやうじがてらに与板に参候。そのうえ足たゆく腸(ハラ)いたみ御草庵もとむらはず候。寺泊へゆかんとおもひ、地蔵堂中村氏に宿りいまにふせり、まだ寺泊へもゆかず候。ちぎりにたがひ候事大目に御らふじたまはるべく候。
秋はぎの花のさかりもすぎにけり ちぎりしこともまだとげなくに
状は地蔵堂中村に而(テ)被見致候。 八月十八日 良寛
この書状を見た貞心は、良寛さんの歌だけを次のように「はちすの露」にさし挟んでおります。
あきはあぎの花のさかりはすぎにけり ちぎりしこともまだとげなくに 師
(「良寛をめぐる女たち」北川省一)
『はちすの露』(その9)たへしのべ(99/100)
良寛さんは体力も衰え、床の中で寝ていることが多くなりました。ついに、トイレにも立たてなくなりました。
腹痛に耐え、トイレにもいけない自分を思うと、悲しく一人でガマンする以外に方法はありませんでした。
それを思いやる貞心尼は彼を励ます歌を送っています。
そのままになほたへしのべいまさらに しばしのゆめをいとふなよきみ 貞心
良寛さんはその歌を貰って「会いたい。早く会いたい」と貞心尼にせがんでいる歌があります。
あづさゆみはるになりなばくさのいほを とくでて来ませあひたきものを 良寛
これこそ本当の師弟愛というものではないでしょうか。
(「良寛をめぐる女たち」北川省一)
『はちすの露』(その10)死に臨み(100/100)
正月なのに「もうご飯もいらない」「薬もいらない」という良寛さん。
そんな良寛さんに「死んではいや」とせがむ貞心尼の心のいじらしさ。
かひなしと薬ものまずいひたちて ふりぬる雪の消ゆるをやまつ 貞心
「そうはいうけどね」と苦しい息のなかで
うちつけにいひたつとにはあらねども 且つやすらひて時をし待つ 良寛
「いや、いや、そんなことを言ってくれなさいますな、あなたとの別れはつらいから・・・・生きて生きて・・・・」とせがみにせがみに。せがむ貞心尼。
いきしにのさかひはなれてすむみにも さらぬわかれのあるぞかなしき 貞心
「もう、私からあなたに伝えるものはなにもない・・・・本当にさようなら」
うらを見せおもてを見せてちるもみぢ 良寛
「あなたの一言一言・・本当にありがとうございました。忘れよう忘れようと思っても決して忘れることはできません。」
くるに似てかへるに似たりおきつ波 あきらかりけりきみがことのは 貞心
本当につらい別れがやってきました。貞心尼は良寛さんから受けた数々の想い出を胸に永遠の別れを告げました。
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