良寛の涙を額に承(ウ)ける馬之助(甥)(28/100)
出雲崎の橘屋は、地元の京屋と敦賀屋の人たちとの争いに破れました。
橘屋の跡継ぎに決まっていた若主人の馬之助はそんなことからヤケになって仕事もしないで酒ばかり飲んでいたので家は没落するばかりでした。
母親は何とかして欲しいと良寛さんにお願いしました。良寛さんは引き受けたものの何か言おうと思うが、どうしても言葉になりません。
母親ははらはらして今か今かと待っていますが、その気配が見られないまま二、三日が過ぎてしまいました。
突然良寛さんが帰ると言って玄関で草鞋(わらじ)の紐を結ぼうとしたとき、馬之助を呼びました。不思議に思いながら馬之助が良寛の草鞋の紐を結んでいると、額に冷たい物がポツリポツリと落ちてきました。何だろうと思ってふと、見上げると良寛さんの目から落ちる涙と気がつきました。
このことがあってから馬之助の生活は改められたといいます。

寒空に維馨(いきょう)尼を懐(おも)う(29/100)
良寛さんに関わりをもつ幾人かの女性がいました。
維馨(いきょう)尼もその中の一人ででした。彼女は徳昌寺(与板)に経本の収納資金募金のために托鉢依頼をうけて、江戸へ行ったのですが、なかなか帰って来ません。病弱の維馨尼の身を心配した心温(アタタ)まる詩がいくつかあります。その一つ。

    江戸にて維馨尼
    君は蔵経を求めんと欲して 遠く故園の地を離る 
    吁嗟(アア) 吾(ワ)れ何をか道(イ)わん天寒し 自愛せよ
       十二月廿五日      良寛

黄金の水(お酒)を飲む良寛さん(30/100)
良寛さんが懇意にして時々通っていた山田杜皐(とこう)という酒造家がありました。
その家に仕えている人のいい「およし」さんという女性がいました。すっかり気のゆるせる仲となり、
良寛さんもおよしさんと逢うのを楽しみにしていました。夕方になると決まって家にやってくるので、良寛さんを「ホタル」だと冗談を言いながらお酒をふるまってくれました。
良寛さんもそれで托鉢の疲れが一遍になくなりました。

  およしさによみておくる
    かしましと面(おもて)伏(ふ)せには言ひしかど此頃見ねば恋しかりけり
    くさむらの蛍とならば宵々に黄金の水を妹(いも)たまふてよ
    身が焼けて夜は蛍とほとれども昼はなんともないとこそすれ

着物もこのおよしさんから一枚借りて、返した時のお礼の手紙にも一言付け加えるものがありました。

  およしに与えた手紙
    此ぬのこ一枚此度御返し申候
    寒くなりぬ蛍も光なしこがねの水たれかたまはん
      閑美難都起(かんなつき)    ほたる
      およし散     山田家

鍋蓋(なべぶた)に「心」「月」「輪」(31/100)
鍋蓋をつくっていた大工さんがうっかりして自分の気に食わぬものを作ってしまいました。
大工さんは壊して捨てようとしました。それを見た良寛さんは早速手にして、勿体(もったい)ないと言ってその蓋に字を書きました。
実に踊るような字で「心」と「月」と「輪」という三文字でした。大工さんは生き返った鍋蓋をしげしげと見て良寛さんの物を大切にする心に感心しました。

牧ヶ花(マキガハナ)村(新潟県地蔵堂)解良家蔵

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