雪の塩入峠超えの由之(ゆうし)(
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文化七年(1810)11月由之(良寛さんの弟)は、新興勢力の京屋、敦賀屋との争いに敗れてしまい、幕府から「家財取り上げ、所払い」の申し渡しを受けて、三島郡与板の実家に身を寄せていました。
自分のことはともかくとして、遠くにいる年齢(とし)老いた兄・良寛のことがいつも気になっていましたので、冬の雪深い塩入峠を越えて、和島の木村邸まで出向いては良寛さんを力づけていました。
良寛さんが弟を思いやりながら
心なきものにもあるか白雪は 君が来る日に降るべきものか 良寛
と歌い、また由之は良寛を偲んで
わかなつむこれもかたみとなりにけり はるかむかしのゆふぐれのそら 由之
と歌っています。
雪に閉ざされた良寛さん(61/100)
ある時には、雪は音もなく深々(しんしん)と降り積もり、ある時には、吹雪が隙間だらけの家の中に風といっしょに入り込んできます。
そんな中で身動きのできなくなった良寛さんを心配して、由之は時々五合庵を訪れました。
おく山の春がねしぬぎ ふる雪の ふるさとはすれど 積むとはなしに ふる雪の
と雪深さを歌い、また、自分と由之の仲を、この雪の中を空飛ぶ雁にたとえています。
風まじり、雪はふり来ぬ、かりがねも、あまつ雲井を、なづみつつゆく
木村邸内の庵を訪問する貞心尼(62/100)
歌を交わしながらの二人の仲は、深まるばかりでした。
良寛はひがな彼女の来るのを、今かいまかと待ち続ける毎日でした。
ほどへてみせうそこ給はりけるなかに
君や忘る道やかくるるこのごろは 待てどくらせど音づれもなき 良寛
御かへしたてまつるとて
ことしげきむぐらのいほにとじられて 身をば心にまかせざりけり 貞心
山のはの月はさやかにてらせども まだはれやらぬ峰のうすぐも 貞心
今晩のように月がさえて伺おうと思いながらも仕事が忙しくてその思いがとげられませんと嘆いています。
とても待ちきれない良寛さんは
天が下にみつる玉よりこがねより 春のはじめの君がおとづれ 良寛
といっています。
てにさわるものこそなけれのりの道 それがさながらそれにありせば 貞心
しかし遂にやってきました。
秋萩の花咲くころを待ちどをみ 夏草わけわけ又も来にけり 貞心
秋はぎのさくをとをみと夏草の 露をわけわけとひし君はも 良寛
丁丁(チョウチョウ)発止(ハッシ)のこのやりとりはただ羨やましいばかりです。
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