北川省一(84/100)
北川省一氏は一九一一年、新潟県柏崎市に生まれ、十七歳で柏崎中学四年から第一高校に入り東京帝国大学でフランス文学を学び、左翼運動に入り在学三年で中退。
四十三年応召、中千島で二度越冬、四十六年復員して高田市に居住。
生活苦の中、高田図書館で大島花束編『良寛全集』に出会い、良寛研究に打ち込む。
一九九三年一月五日、胃ガンのため逝去、享年八十一歳。

制帽 その夜(母の葬式)のこと、母が縫った経(キョウ)帷子(カタヒ゛ラ)の入っていた、黒塗りの古い小箪笥の抽出を私は開けた。その奥に蔵(シマ)ってあった油紙で包んだ、なにやら曰くありげな遺品を取り出してみた。
紐を解いた途端、ウッウッとこみ上げてくる鳴咽(オエツ)を噛みこらえ、そのまま包みを抱えて、人なき部屋の片隅に駆け込み、ヨヨと泣き伏した。(中略)二本の白線は汚れたままだが徽章は膏(アフ゛ラ)光りしている一高の制帽と・・・・帝大の角帽と。・・・・(中略)・・・・学業半ばにして放埒に巳を持ち崩したわが子の、最高学府由学区の門出に託した夢のいまは・・・・晩年の母の心の悲しみ・・・・母のたった一つの遺言は、大學を立派に卒業すること、・・・・角帽と通帳とが私への形見だった。(「貧道豊かなり)坂本龍彦著より」

中村藤八翁(85/100)
大正七年十二月五日・・・・中村文庫、刈羽郡立図書館に寄贈さる。
寄贈者中村藤八は、嘉永六年八月二十三日刈羽郡高田村(新潟県柏崎市)に生まれた。
幾多の波乱を経て柏崎物産会社を設立。柏崎実業界の大立物となった。
大正九年三月十五日死去、中村文庫は、藤八翁四十年間にわたって収集した柏崎刈羽関係の古文書、遺物、遺墨を収集した貴重な資料館で、郷土史研究に不可欠な宝庫である。(「柏崎編年史・上巻」
「貞心尼展」中村藤八翁の収集品を中心として全国良寛会柏崎総会パンフより)

相馬御風(86/100)
明治十六年 新潟県糸魚川町大字大町で生まれる。
明治三十九年 早大英文科卒。
明治四十年 「都の西北早稲田の森に」の早大の校歌作詞(坪内、島村の命による)。
明治四十四年 早稲田大学講師となる。
大正五年 郷里糸魚川へ退住。
大正七年 「大愚良寛」を出版。
昭和二十一年 春頃から眼の視力衰え、失明状態となる。
昭和二十五年五月八日 永眠。
(「大愚良寛」相馬御風より)
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