『はちすの露』(その1)初対面の夜(91/100)
貞心との初対面の夜がきました。
二人にとって、この時をどんなに待ち望んでいたか、これからの感動的な歌のやりとりから窺い知ることができます。

はじめてあひ見奉りて
  きみにかくあひ見ることのうれしさも まださめやらぬゆめかとぞおもふ  貞心
御かへし
  ゆめの世にかつまどろみてゆめをまた かたるもゆめもそれがまにまに  良寛

いとねむごろなる道の物がたりに夜もふけぬれば
  しろたへのころもでさむしあきのよの つきなかぞらにすみわたるかも  良寛

されどなほあかぬここちして
  むかひゐて千よもやちよも見てしがな そらゆくつきのことをとはずとも  貞心
御かへし
  こころさへかはざりせばはふたつの たえずむかはむ千よもやちよも   良寛

能登屋での第一夜はあっという間に過ぎました。あくる朝・・・・

いざかへりなむとて
  たちかへりまたもとひこむたまぼこの みちのしばくさたどりたどりに   貞心
御かへし
  またこよしばのいほりをいとはずば すすきをばなのつゆをわけわけ   良寛
(「良寛をめぐる女たち」北川省一)

『はちすの露』(その2)再会を待ちわびて(92/100)
その秋には貞心が再び島崎を訪れることになっていましたが、十月になっても音沙汰がありません。
待ちきれずに手紙を書き送りました。

  ほどへてみせうこそ給はりけるなかに   良寛
  きみやわするみちやかくるるこのごろは まてどくらせどおとづれのなき

御かへし奉るとて            貞心
  ことしげきむぐらのいほにとぢられて みをばこころにまかせざりけり
(「良寛をめぐる女たち」北川省一)

二人の仲の深まりを想像することができます。

『はちすの露』(その3)なが歌えば(93/100)
春のくるのを待ちわびる二人の思いは同じです。
心が通ずれば、淀みない川の流れのように、歌もごく自然に交わされるのでした。

はるのはじめつかたせうこそたてまつるとて   貞心
  おのづからふゆの日かずのくれゆけば まつともなきにはるはきにけり
  われもひともうそもまこともへだてなく てらしぬきけるつきのさやかさ
  さめぬればやみもひかりもなかりけり ゆめ路をてらすありあけのつき

御かへし   良寛
  あめがしたにみつるたまよりこがねより はるのはじめのきみがおとづれ
  てにさはるものにこそなけれのりのみち それがさながらそれにありせば

御かへし   貞心
  はるかぜにみやまのゆきはとけぬれど いはまによどむたにがはのみづ

御かへし   良寛
  みやまべのみゆきとけなばたにがわに よどめるみづはあらじとおもふ

素直な歌のやりとりではないでしょうか。二人の清い心が見えるようです。

『はちすの露』(その4)待ちわびる春(94/100)
春の気配がほのかに感じられる頃となりました。
良寛さんにとっては春の訪れは、貞心尼の足音でもありました。

  いづこよりはるはこしぞとたづぬれど こたへぬはなにうぐひすのなく   貞心

御かへし
  いざさらばわれもやみなむここのまり とをづつとををももとしりなば   良寛

「虚々実々(きょきょじつじつ)、丁々撥止(ちょうちょうはっし)」と北川省一さんは表現していますが、まさに息もつかさぬ、やりとりに時間の経つのを忘れていたことでしょう。
そしてまた北川さんは「女一人の、とくに尼の周辺の事情というものは、簡単に割り切れるものではなかった」としています。
しかし、そのためらいの心も消し飛ぶほどの二人の仲でもあったのでした。

『はちすの露』(その5)会うは別れの始め(95/100)
「会うは別れの始め」という言葉があります。別れる寸前まで取り交わされる歌の数々を上げてみました。

鳥になり、月になり、花になって互いに交わし合う歌でますます深まる二人の仲でした。
だから、別れはつらい時でもありました。

御いとま申すとて   貞心
  いざさらばさきくませよほほとぎす しばなくころはまたも来て見ん

御かへし    良寛
  うきぐものみにしありせばほととぎす しばなくころはいづこにまたむ
  あきはぎのはなさくころは来てみませえ いのちまたくばともにかざさむ

しかし、貞心尼は約束した秋を待てなくて盛夏の六月には再び良寛さんを訪れています。

御かへし   貞心
  あきはぎのさくをとをみとなつくさの つゆをわけわけとひしきみはも
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