行く人があれば伝えてよ(9/100)
良寛さんは諸国行脚の後、北陸道回りで郷里の出雲崎 に帰ろうと思い、糸魚川まで来たとき、病に倒れてしまいました。一刻も早く帰 りたいという思いはつのるばかりでした。そのときの思いを空飛ぶ雁(カリ)に願い を込めて詠んだ歌があります。

  ふる里へ行く人あらば言づてん
    今日近江路 を我こえにきと

  草まくら夜ごとにかはるやどりにも
    むすぶはおなじふるさ との夢

遥かなる佐渡ガ島山を望んで (10/100)
やっとの思いでふる里近くに辿りついて、日本海 にかすかに浮かぶ佐渡が島山を見て、歌った有名な歌があります。

  古(いにしい)にかはらぬものは荒磯海(ありそみ)と
    向かひに見ゆる佐渡が島なり

海に 浮かぶ佐渡が島(新潟県相川町)は、良寛さんの母秀子の生まれ故郷でした。この 母を偲(しの)んで佐渡が島を歌った歌を多く作りました。

       たらちねの母がみ 国と朝夕に 佐渡が島べをうち見つるかな
       たらちねの母がかたみと朝夕に  佐渡の島根をうち見つるかも

来てみれば(11/100)
出家してから17年後、北陸路を通りやっとの思いで出雲崎の我が 家の前に辿りつき、こっそり中の様子を窺(うかが)ってみると家は傾き、家を囲っていた垣は崩れ、庭一面に落ち葉が敷きつめていて、昔の面影(おもかげ)は知 るよしもありませんでした。

荒れ果てた我が家をみて、悲しみのあまり作った詩 があります。  

   来て見ればわがふる里は荒れにけり 
   庭も籠(まがき)も落ち葉 のみして
   うつり行く世にしすまへばうつせみの 人の言(こと)の葉うれしく もなし

そして我が家を素通りして、郷本(寺泊町)の空庵にわびしく一人で 向かうのでした。

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