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製鉄遺跡現地説明会 2005/6/19

軽井川南遺跡群 下ヶ久保A、B遺跡

柏崎フロンティアパーク造成工事によって発見された軽井川南遺跡は、約28haの用地内で32の遺跡がありその内19箇所が奈良時代〜鎌倉時代(約8世紀〜12世紀)にかけて約400年に渡って営まれた鉄生産関連遺跡です。
周囲の山林から木炭を作り、砂鉄を溶かして鉄を造っただけでなく、更に鍛造や鋳造という製品生産までの工程がこの場で行われたことが判っています。
まだ全ての調査が終わったのではありませんが、下ヶ久保遺跡についての現地説明会が平成17年6月19日に行われました。

廃棄場所跡下ヶ久保A遺跡 炉壁・土器などの廃棄場所
壊れた炉壁や鋳型などを廃棄した場所。
A遺跡では 6m X 8m の範囲で炉の壁や鋳型の破片に焼土や木炭片・土器の破片もありゴミ捨て場でしたが、現在では情報の宝庫になっています。
小さい廃棄場や鋳型だけ廃棄したところも見つかりました。
溶解炉跡下ヶ久保B遺跡の熔解炉跡
立って説明している人の足元が熔解炉の本体の跡。
半地下式竪型炉の底の部分で、ここに鉄が溜まります。
上部は筒状になっていて、後方に設けられた鞴で風が送られ高熱で鉄を溶かしました。
前方(低い方)へ鉄滓などの不純物を流しだしたものです。
木炭窯跡下ヶ久保B遺跡の木炭窯跡
下ヶ久保B遺跡では15基、軽井川南遺跡全体で100基以上確認されています。
最初は天井を盛り土した半地下式木炭窯でしたが、平安時代中期以降は、トンネルのように掘られた地下式が用いられています。
鋳込み場跡下ヶ久保遺跡A遺跡の鋳込み場跡
溶かした鉄を鋳型に流し込み鋳造したところと見られています。
下ヶ久保A遺跡全景下ヶ久保A遺跡全景
7月末まで発掘が続けられます。東日本でも稀とされる鋳造関連の遺構が見つかっています。
出土した土器から9世紀〜10世紀前半頃のもの見られています。
斜面を利用して一部平坦にして作業場をつくり熔解炉を造っています。
下ヶ久保C遺跡全景下ヶ久保C遺跡全景
鍛治炉が5基以上確認されています。
鍛治は鉄を赤く熱して、繰り返して叩き鍛錬しながら必要な形に加工する鍛造の技術で、鋼(はがね)など粘りのある製品が作られます。日本刀・包丁・鎌・鍬等の刃物が作られたと見られます。
熔解炉の炉壁の破片熔解炉や鋳造炉の炉壁の破片
下ヶ久保A遺跡から出土。
内側には鉄滓が付着しています。
須恵器下ヶ久保A遺跡から出土した須恵器(甕)。
弥生土器の流れをくむ茶色の素焼きの土器の土師器は、野焼きで作られ温度が500℃〜900℃までしか上がらないのですが、この青灰色の須恵器は窯で1,100℃〜1,200℃という高温で作られ、かたく、水もれの少ない土器で、特別の技術が必要で何処でも作られるものではなかったといいます。
鋳型の破片下ヶ久保A遺跡から出土した鋳型の破片
製鉄だけでなく鋳造も行われていた。
鍋や釜の足に獣の足のように曲がった飾りをつけたものが使われていた。獣脚鋳型の外型。
古代の鋳造関連の遺構は東日本では珍しいそうです。

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2005/10/12 UP 写真撮影 NET・陽だまり 中澤 功
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